イスラム国の中心都市・モスルは、イラク軍などによる奪還が間近に迫っているようだが、このモスル奪還作戦による市民の懸念は、奪還された後も何ら好転する見込みはおうない。  このモスルの奪還作戦は、モスル市民の生活を以前のような形に取り戻すことが目的ではなく、イスラム国の支配から開放することだけにあるようだ。  モスルの住民を一箇所に集めて人間の盾に仕立て、イラク軍の攻撃に対抗しようとしている。そこにイラク軍は、ミサイル攻撃を加える、という杜撰さなのであるが、これではモスル市民にとっては何のための開放か理解に苦しむのは、当然のことであろう。  戦力に大差があるイスラム国とイラク軍との間の戦闘は、イスラム国側がモスル市民を恐怖に落とすだけではない。イラク軍も彼らを「モスル奪還作戦」として一般市民を結果的に攻撃しているのである。  一般市民を恐怖に落とす「作戦」に、どんな意義があるのか?  一般市民に、この恐怖を逃れる方策はあるのか?  モスルの市民は、この両者の狭間にあって、恐怖とともにモスルを離れる、逃れるしか方法がないではないか。  つまり、このイラク軍などによる「モスル奪還作戦」とは、イスラム国の掃討に名を借りた、単なる一般市民の虐殺となってはいないか、との疑問が残る。  イスラム国の排除、掃討には、根本的な疑問が払拭されないまま、残る。  つまり、このイスラム国を生んだ背景と、その目的が、いまひとつ見えてこないことと、イスラム国が未だに存在しているからには、それを支援する国家、組織が存在することを想像することに難くはない。  本来ならば、このイスラム国に対して武器支援、物資の支援、人材の支援などの支援体制の打破が、まず、最初に採られるべき作戦ではないのか。この疑問が、われわれの意識から払拭されなければ、「モスルの奪還」も「イスラム国の打破」もモスル市民の行く末を案じる我々の意識は、暗雲がたちこめたままだ。

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